2017年10月26日

曽祖父、浪越栄吉50回忌法要!

私の祖父である浪越徳治郎の父、浪越栄吉の50回忌法要を無事終える事が出来ました。私にとっては曽祖父となりますが直系の曽孫として50回忌を行えたことは感慨無量でした。四国、香川県で傘の製造業を営み、たくさんの職人さんも雇用していたのですが、紙で出来た張り傘は製造過程で乾かすことが重要なのですが、たくさんの受注を受けていたにも拘らず、長雨が続いてしまい納期までに間に合わず、会社が倒産に追い込まれてしまった際にもピンチはチャンスだと一念発起し、北海道に開拓移民として曽祖母まさと幼い五人の子供を連れて移住する曽祖父栄吉の決断が後の徳治郎による指圧発祥に繋がったのです。曽祖父は私が5歳まで生きていましたが、なんと昭和43年当時に数え年で97歳(満96歳)まで長生きしたことも祖父徳治郎が指圧をした親孝行によるものだと私の両親からずっと聞かされてきました。私が祖父の長兄である茂一じいさん、徳治郎の弟である春男おじさん、徳治郎の妹の貞子おばさんからも、兄弟の中で徳治郎が一番の親孝行ものだという話を直接聞けたことも幸せであったと思います。私自身、これからも立派な祖先を誇りに思い、人への優しさを忘れずに邁進していきたいと思います。
posted by Mr.7354 at 18:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

二葉亭四迷のI Love Youとは?

日本の文豪でもあり翻訳家であった二葉亭四迷は愛という言葉がまだ一般的に普及・訴求されていなかった明治時代に英語の「I Love You」を「あなたとだったら死んでもいい」と日本語に翻訳しました。現代の日本では愛してるが一般的になっていますが、私自身は明治時代に二葉亭四迷が表現した「あなたとだったら死んでもいい」に物凄く共鳴出来ます。二葉亭四迷が生きていたら、翻訳するのにどれくらいの時間を要したのか、心の表現を誰に見出したのかなど訊いてみたかったです。「指圧の心、母心」という言葉を祖父は残してくれましたが、患者様を指圧する際は、その患者様のお母様であったならば、どのように考え接するだろうかという無限の愛情で指圧治療に専念するのだということが教えでしたが、二葉亭四迷の言葉にも奥深い心の表現が感じられます。縁があって出会った、すべての人と共に共有できる時間を「I Love You」の言葉と共に大切にしていきたいと思います。
posted by Mr.7354 at 07:52| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする